宝くじ売り場へ
今日は、宝くじ売り場に行かなければならない用事があった。
当たりくじを換金してもらうためだ。
先日、スクラッチ宝くじを連れ合いに買ってきてもらい、その日のうちに、スクラッチ宝くじを削った。見事にはずれた。しかし、10枚セットの宝くじには、必ず一枚は当たりくじは含まれていることを知っていたし、当然、換金しなくてはならないことも、覚悟していた。
気が乗らなかったが、外に出て見ることにした。朝のうちに、行かなければならない用事があったが、疲れが残っていたため休養するための電話を済ませた。
リュックに宝くじの当たりくじとはずれくじを入れ、多少、ギャンブル欲が入ったすっきりしない頭とともに、歩いて外に出た。
宝くじ売り場に着くと、一人の男性の老人が宝くじのロトくじを買っていたので、僕は老人を待った。
何も案ずる事はないと自分に言い聞かせ、僕は宝くじを受付にいた女性に渡した。
何か女性は、言っていたが聞き取れなかったので、僕は黙って待っていた。
しばらくして、当たりくじ分の200円とはずれくじが手元に戻ってきた。
そのようにして、換金作業を終えた。
それからどうしようと、戸惑ってから図書館に行くことに決めた。
僕は再び歩きだした。
大一番
今日は、昨日からの疲れが取れず、まだ体と頭が重たかった。
午前中に、銀行に行って自動積立の金額を変えてしまおうと思った。
何故かといえば、もうこれから、稼ぎ口がないし普通預金の金額も目減りしていて、積み立てストップになるかも知れないと考えたからだ。
銀行に行くのは憂鬱だった。
何故かといえば、受付の人との対話があるからだ。それでも、僕は思い切って重い腰を上げた。
昼前にゆうちょ銀行に行き、受付にいた小太りの中年男性に積み立て額を変更したいです。と声をかけた。
どうぞ、と受付の男性は、隅の方のブースに僕を案内した。
いよいよ、今日の大一番が始まった。
「金額をいくらに変更したいですか?」とむこうが聞いてきた。
「ご、五千円で」と僕は言った。
「それでは、こちらの用紙に、住所とお名前と通帳の記号と番号をお書き下さい。それから、通帳の印鑑をお持ちでしょうか?」
はい。持っています。とぼくは、できるだけ丁寧に答えた。そして、用紙が手渡された。
ぼくは、書いた。住所と名前と記号と番号を。言われた通りに。
印鑑を持ってきて良かったと、僕は心のうちに安堵した。ホッと。
「それでは、少しお待ち下さい。手続き致しますので。」と彼は言い放ち、後ろの方へ去っていった。
僕は、少し安堵した。一時休戦だ。
少しして、彼はやって来た。「今月の積み立てには間に合いまんが、来月から、五千円の積み立てになります。ありがとうございました。」
と彼は早くも締めくくりにかかった。
そこで、ぼくは、素早く、ありがとうございました。
と言い放ち、さりげなく去りたかった。
でも、緊張のあまりか、声があまり出なかった。かすれていた。「あ、ありがとうございました…。」
相手にも、緊張感が伝わったらしく、また最後に僕を小馬鹿にしたのか、かすれた声で何か言った。しかし、僕の耳には届かなかった。そうなると、僕の渾身のありがとうございましたも、聞こえなかったのかもしれない。その後、僕が通帳と用紙の控えを慌ててポーチにしまっているあいだ彼は同情するように黙っていた。
そんなこんなで、僕は僕の大一番を終えた。
僕は、ホッと一息をついた。
リアルタイムの小沢健二
今の小沢健二は、とても活動的だ。
アメリカで起こっている、人種主義を否定しアメリカの白人至上主義的な人たちによる、黒人差別に対する運動をSNSで訴えている。
小沢健二の音楽は、昔のアメリカしかも黒人音楽の影響が強いのは有名だと思う。
その彼がリスペクトしていた黒人たちが、今のアメリカよりの警官が黒人を殺した事件があり小沢健二も日本の人たちに向けてメッセージを送りたかったのだろう。
日本からアメリカへ旅立ち、ニューヨークで生活し、世界をよりよく知るために、小沢健二は旅に出たのだ。
今のアメリカでは、コロナが起こり、暴動が起こり、鎮圧が起こりと混乱している渦中での戦場のボーイズ・ライフ(愛はメッセージ)のように日本人の僕らに国境なき音楽家としてメッセージを送っているのではないか。
僕らは昔活躍していた小沢健二を見て、日本から離れてしまったオザケンロスが長く続いた時も、何度も何度も小沢健二の音楽を聴きまくった。2010年に活動を本格的に再開し、オザケンロスの時に、インプットしていた知識を我々に提示しているのだ。
その答えは、シンプルだと思う。
世界を良く、もっと言うと宇宙をより良くしていこうと。
「死んだ魚」
「死んだ魚」
自分は魚になっていた。濁った水の空間から、透明で綺麗な水の空間に存在し呼吸していた。
ずいぶん、綺麗な空間だな。呼吸も楽だ。
これからどこへ向かうのだろう。と思った。
自分が魚であるとは変なものだ。
泳ぎが得意な訳でもない。
そんなに魚が好きな訳でもない。
魚になる前(自分が何だったか思い出せない)の自分は人生を上手く泳げない、不器用で、社会性がなく、一人、人生に行き詰まっていた。
そんな中、打ち上げられた。
呼吸しやすい場所に。誰かに。バシャンと。
魚が魚であるために、食べなくてはならない。
泳がなくてはならない。
自分のチカラで泳いで、自分の為に食べるのだ。それから、周りのことに気を配らなければならない。当然、食べられないように自衛する。
大きな海。とてつもない大自然の中を自分で判断し、自分で決める世界。ある意味、厳しく残酷な世界。
その中で、生きる。
魚として生きることは、素晴らしかった。
食べたい時に食べて、眠たい時に寝て、泳ぎたい時に泳げる。何しろ広い。
そして、魚世界も守られていなければならないのだ。結局、水が綺麗でなければ生きられないのだから。
死んでしまった魚たちのことを考えてみる。
汚れた水のなかでは、上手く呼吸できずにやがて死んでしまうだろう。そんな魚たちを。
アリョーシャ・カラマーゾフについて
こんにちは。
今回は。ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の主人公アリョーシャ・カラマーゾフについて。
カラマーゾフの兄弟は自分が20歳頃に苦労して読んでいました。
色々な事が書かれていますが、最後にアリョーシャが、生きて行きましょう。と子供たちに呼びかけて物語は終わります。
村上春樹の作品にも度々名前があがるこの作品。
アリョーシャには色々なことが分かります。
アリョーシャが覚醒するシーンが個人的に一番好きです。狂ったように大地に接吻するシーンですね。
この物語を読んでいた頃に、小沢健二の良さも分かりその良さと言うのは、簡単に言うと「自分の人生を愛しなさいよ」という一言に尽きると思います。
まだ、発見するところも多いこの小説。また読みたいと思います。
それでは、失礼します。